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京都地方裁判所 昭和48年(む)61号 決定

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨および理由は、別紙申立人作成の異議申立書写記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

本件記録、本案の被告事件(当庁昭和四八年第一八九号)記録および京都地方検察庁からの取寄にかかる右被告事件の捜査記録ならびに当裁判所の事実取調の結果によると、申立人(被告人)が、京都市中央区河原町通三条下る大黒町五九番地京都相互銀行河原町支店において、昭和四八年三月六日同支店長金久次作および同支店長代理岸本孝から普通預金口座の開設方を拒絶されたことに因縁をつけ、同日の午後二時ころから約二時間、翌七日の午後二時ころから約一時間、さらに八日の午前一〇時ころから約一時間余にわたつて、右金久らに対し、「預金口座をつくるのを断わるなら謝り料を出せ」などと、しつこく申し向けて金員を要求し、同人らを困惑畏怖させ、同月八日同支店において、右金久から現金一万円の交付を受けてこれを喝取した事実、そして申立人(被告人)は、右現金一万円を喝取して間もなく、これより先通報によつて同支店付近に待機していた警察官によつて、同日(八日)の午前一一時四〇分ごろ同支店前路上で、恐喝容疑の現行犯人として逮捕されるとともに、右喝取した現金一万円(一万円札一枚)の差押を受けた事実、しかるところ右押収の現金一万円(一万円札一枚)は、これを特定する措置がとられないまま、その押収日の翌日である三月九日に、京都府五条警察署警部補田村藤次郎によつて、刑訴法二二二条により前記支店長金久次作に還付する手続がとられ、同日同人に還付されている事実、なお右司法警察員が還付の手続をとるに際し、それについて当時いまだ被疑者であつた申立人の意見聴取(当時弁護人は選任されていなかつた)の措置がとられていない事実がそれぞれ認められる。

そこで右事実に基づいて、本件押収物還付処分の適否について検討をすすめるに、前示認定事実によれば、本件押収の現金一万円が賍物であることは明らかなところであるから、司法警察員において、起訴前の段階においても、それを留置する必要がなく、かつ被害者に還付すべき理由が明らかな場合は、被疑者又は弁護人の意見を聴いたうえ、これを被害者に還付しうるものというべきであるが(刑訴法二二二条一項、一二四条一項)、前示認定のように、司法警察員において本件還付処分をするにつき、被疑者である申立人の意見聴取の手続をとつていないのであつて、本件還付処分は、まずその手続の点において違法の廉あるものといわなければならない。

さらに本件還付処分の要件の点をみても、刑訴法一二四条一項にいう「被害者に還付すべき理由が明らかなとき」とは、被害者が押収賍物につき私法上その引渡を請求する権利を有することが明白な場合をいうものと解すべきところ、本件押収賍物の現金一万円は、申立人(被告人)が被害者を脅迫して交付させたものであり、被害者においてその取消の意思表示をしない限りは、右現金一万円は被押収者である申立人の所有に属し、いまだ被害者にはその引渡を請求しうる権利はないものというべく、本件一切の関係資料を精査しても、被害者において相手方である申立人(被告人)に対し、その取消の意思表示をした形跡が認められない本件においては、本件押収賍物の現金一万円については、これを被害者に還付すべき理由が明らかなものとは認め難く、本件還付処分は、押収賍物の被害者還付の要件を欠き違法たるを免れない。

しかしながら、当裁判所の事実取調にかかる前記支店長金久次作作成の回答書によると、同人は、本件押収の現金一万円をその押収日の翌日の三月九日に司法警察員により還付を受け、同日これを自己個人名の同支店銀行仮払金勘定に戻入処理してしまつたことが認められるのであつて、本件押収の現金一万円は、もはやこれを特定するに由ない状態となつたものであり、さらにはすでに費消その他によつて他人の所有に帰するに至つたものとも考えられる。したがつて本件押収の現金一万円札一枚につき、その還付処分の取消を求める本件準抗告の申立は、現在においてはその利益がなく、これを棄却するほかないものといわざるをえない。

よつて刑訴法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

(家村繁治)

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